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IMD MBAがEconomistでWorldwideで#1にランクされました。Financial Timesの'07でのworldwide ranking #1に続き、嬉しいニュースです。
Economist関連サイト
IMD MBA2008のJapanese speakingの生徒によるブログです。つい先日のことのようでいて、でもとても懐かしい感じがします。また違った角度からのIMDの様子をみることができ参考になると思います。
imdじゃぱんくらぶ
6時起床、IKEA搬入立会いのために仮住まいから7駅目の新居へ向かい、一旦戻って電化製品が来る午後1時から5時の間にまた戻る。マットレスは明日の朝一らしい。Easterの休み前にお引越しを一通りやってしまわないと何も無い新居でさぶい暮らしになる。これは避けたい。それにしても非効率極まりない。こんなことが延々とこの一月続いている。日本だったらなぁ、、、と思うことがここかしこ。時間指定配送なんて無理だし、『来る1時間前ぐらいには電話してね、そこに住んでないから』、と伝えておいて電話がかかってきたためしがない。それでも、ここはヨーロッパではきっちりしていることで有名なDeutschland。確かに電車はきっちり来るけれど。
当たり前と思っていたことが当たり前では無いことに気づく日々。日本ってやっぱりすごいんだな、と。日本の底力に関心しきり。まだまだいける。一方で、いらないものも一杯気がつく。当たり前にその恩恵に蒙っていたけど、よく考えるとその程度の不便なら全然我慢できるから値段下げてと。優れた側面には存分にリソースを注いで欲しいけど、いらない物は大胆にそぎ落として欲しい。戦略的に。 日々当然に受け止めているものの価値にふと気がつき、意識化する力。その結果、そこにより力を注いだり、大胆にそぎ落としたりといった行為に及ぶことが出来ることの価値は大きい。慣れ親しんだ土地を離れれば当然のことが当然ではなくなる。見えなかったものが見えたり、見えてたものが見えなくなったり。だから価値がある。だから、僕は海外に残った。(だからIMDに於けるDiversityに価値を見出した。因みに将来的には日本に帰るつもり。) 今回、日本を訪れたときには、元会社の同僚やら色々と送別会をしてくれた。上司、先輩・後輩との交流の機会もあった。『成功しろよ!!』なんて言葉を案外と耳にした。とても居心地が悪い言葉で、暫く、耳に残った。『成功ってなんだ?』 『成功したら、叙々苑の遊玄亭で最高級カルビ満腹おごるよ。』なんてことも言ってたから、きっと多くの場合、経済的自由を得ることを成功の定義として言っていたのだと思う。しかし経済的な自由を求めていたら、今回の選択は無い。日本に戻り、金融の世界に身を投じていただろう。少なくとも海外で引越しを繰り返すような経済的にこれ以上非効率ない行為を選択はしなかった。 恐らく、次の勤務先がやたらとどぎつい会社名であることが周囲にそんな”成功”イメージをもたらしたのかもしれない。次の会社が、経済・名声に加えその他の何らの成功も保障しないことは非を見るよりも明らか、むしろ会社の中枢部隊の元同僚達の方が遥かに”成功”に近いように思える。元上司が皆役員になっているではないか。 では、成功ってなんだろう?と自問し始めていた。 梅田望夫の『ウェブ時代をゆく』を読んでいた。留学中から読みたかったのだが、日本へ帰国して早速買った。フランクフルトまで来て漸く読むことが出来た。『ウェブ進化論』に影響を受け、Blogを書くことは”あちら側”に於ける自分の存在を確保するための義務と理解し最早3年を超える。そんな本を仮住まいで読みながら、嫁にいつもこぼしていた。 『これからはオタクが勝つな。没頭しないと。俺みたいに調子よく何でもっていうのは通用せんなぁ。』 丁度そのころ、次の勤務先の同僚のプロファイルを纏めたものを同時に眺めていた。国立理系の院卒が普通で、PhDも一杯いた。僕からすると皆オタク。好きなこと極めた人達。好き過ぎて20代をそのことに没頭していた人達だ。その頃、僕は合コンに没頭していた。 そこまで好きで没頭することってないなぁ、と思っていた。そんな心情で吐露した言葉が先の言葉だ。嫁はあっさりと切り替えした。 『そーねぇ。オタクではないよねぇ。でも、結構没頭してるじゃん。知らない国へ、外へ外へと出て行くことに。しかもキャリアを犠牲にせずに、キャリアを使って世界へ出て行こうとしている。大航海時代のポルトガル人みたいなもんなんじゃないの。こっちは結構面倒だけど。』 目からウロコだった。持つべきものは最良のパートナーだと心底思った。違う色眼鏡を持つ彼女の目には、意識的なものとして見えていた。はっきりとしたGoalを置きそこへ向かってする没頭ではなく、その先に何があるかは判らないけど、その過程が兎に角楽しくてその行為自体に没頭しているということが。違う視点ってすごい(これもDiversityの価値)。ひらめいた。 異なる文化背景を持つ土地に住むことがたまらなく面白いと思う。比較対照を持ちうる程度複数の土地に住み、その違いや共通点を発見することが楽しい。違いや共通項を理解し、自分のものとすることは、マスの競争に飲み込まれない競争力があると信じるからかも知れない。近所を歩いているだけで刺激にあふれる生活。それが楽しい。そんな生活を得る自由、これを得るために必要な力を身に付けたい(経済的自由を得る力に通じる部分も多分にあろう)。土地に関わらず共通する個の力、強さ。キャリアは、そのための訓練の場を提供してくれるに過ぎないのかもしれない。だとすれば、その力を得るためのキャリアに対しては継続的にチャレンジングである必要がある。 『5年後にどこの国で何をやっているからわからないから商社へ行きたい。』それが新卒時の志望動機だった。今と変わっていない。先が見えないほどわくわくする。やや迷惑な部分もあるかもしれないが、このわくわく感を家族も楽しんでくれているはずだ。 そんな過程を楽しむことに注力する生き方が出来ている限り、”成功 or 失敗”という二元論に身を置いて生きることは無いのではないかと僕は思っている。 <IMD留学記終了のご挨拶> 1年超に渡りIMD留学記を読んで下さった方々。本当にありがとうございました。IMD情報が日本ではあまりにも少ないことから情報提供の一助にとの思いがきっかけでした。ブーツキャンプとして名高く、厳しいイメージのみが先行していたこともあり、極力、IMDの楽しい側面にフォーカスしたためIMD生活がややヨーロッパ豊かな生活日記みたいになってしまった部分もあるかもしれません。また個人的な意見・偏りを多分に含んだ情報伝達である点はご理解頂ければと思います。MBAに始まり、キャリア、子育て、食道楽に至るまで全く纏まりがありませんでしたが、兎に角、読んでくださっている方々が居るということが何よりの継続の支えでした。前述の通り、梅田望夫さんに大いなる影響を受けており”あちら側”での存在を無くすわけには行かないのでブログを辞めることはなさそうです。とはいえ、IMD留学記というわけにもそろそろ行かないタイミングになってきました。というわけで、今回でIMD留学記は一旦終了します。新しいブログは、これまでとは何の脈略も無いところから始めようと思っています。なのでリンクも張りません。香港から始まって、IMDに至り、で、どうするの?と、どうしてもその後が気になる方のみ、tomoya.yasudaアットgmail.comまでご連絡を下さい。サイトが立ち上がり次第ご案内させて頂きます。 繰り返しになりますが、貴重な時間を僕の意見に目を向けてくださった皆様。本当にありがとうございました。勿論、IMD MBA留学について質問等あれば、これまで同様、ご連絡を頂ければと思います。 それでは!!
明日、Frankfurt Hiltonで行われるWorld MBA TourのIMDブースでお手伝いに参加する予定です。
このブログを読まれているフランクフルト在住者は恐らく居ないと思いますが、万が一、そんな方がいらっしゃれば、明日、お目にかかりましょう。 '07からは、Ivica(Croatian)とChristoph(German)も参加の予定です。パネルディスカッションにはMBA Marketing DirectorのJanetが出席するようです。 では、Hiltonで。 リーダーシップという言葉を耳に、目にしない日は無い。それほどまでに求められているのが、今の時代なのだと思う。その一方で、ではリーダーシップとは何かを定義しろと言われると、案外と難しいのではないだろうか。少なくとも日本語にはリーダーシップに該当する単語が無い。言語は国の価値観でもあるから、そもそも日本人にはリーダーシップという価値観はなかったのかもしれない。斯様に日常的に使用しながらも、その実はっきりしないのがリーダーシップというものなのだと思う。はっきりしないからこそ、『リーダーシップの欠如』とか『リーダー不在』とは言うことが出来ても、その問題の解決策は容易には見当たらないのだろう。何となく、日本サッカーにストライカー不在と長年言われながら、状況が変わらないのと似ている(違うか)。リーダーシップという言葉をどんな場面でよく使うかということを想像してみると、組織を導く人間に対して、その他の立場の人間が、期待感を込めて発する場面が一般的に多い。誰かに期待する力であり、当事者はそれを備えていることを期待される力。それで居てその力というのは、至極曖昧で、なんだか色々な要素が有機的に一体化した総合力みたいなものとして、日常的には利用されている気がする。曖昧な総合力が故に、利用される際の幅も広い。何でもかんでも『リーダーシップが無いから。』といってリーダーシップのせいにされたりもするのもそのためかもしれない。 では、僕にとってのリーダーシップとは何かといえば、とっても難しいながら整理してみると、 『異なる個が集まる集団を、ある一定の目的のために組織化し、目的達成のため、その集団が持つ力を最大化させるために必要となる個人の力』 注意すべき点は、その集団に於いてリーダーシップが期待される人物は一人ではないという点。集団に所属する全個人がリーダーシップを発揮し、組織は唯一の目的のために組織として最適な行動を起こすことが理想だ。 では、集団を構成する個人が、そもそも似た者同士なら、結構簡単ではないかという議論がまずある。アメリカンフットボールだか何かでの実証研究があり、組織の強さは次の通りの結果を生んだそうだ。 (最弱) 似ない者集団(ばらばらチーム)が自己主張に走り収集着かないチーム (普通に強い) 似た者同士(幼馴染)がチームを組んで阿吽の呼吸チーム (最強) ばらばらチームが何故か有機的に結びついてしまったチーム つまり、異なる才能を寄せ集め、これを有機的な一集団化させることが最強の組織を作るうえでは必要となることが研究成果によって立証されている。但し、確率論を混ぜ合わせれば、そのばらばらチームが成功する確率は、似た者同士チームに対し遥かに低かったことは言うまでも無い。但し、面白いことに、危機対応等、想定外の状況に於ける組織としての強さは、ばらばらチームが圧倒的、似た者チームは脆弱さを顕にした。 従って、最強の組織を作ろうと思えばばらばらな個性を集めなければならない。しかし、ばらばらな個性を組織化することは、似た者同士に対して困難が伴うことは容易に想像が出来る。そこで、リーダーシップの発揮が期待されることになる。 ”ばらばらな個”を単純に”multinationalな個”に置き換えて見る。現代の企業組織は、multinationalな個によって組成されている、乃至、そうあることが国際競争上避けられない。世界のありとあらゆるところにあるばらばらな個を最適化した組織が競争上優位な立場に立つ。但し、ばらばらな個を有機的に結びつけることに成功した場合に於いてのみだ。それが出来ないなら昔ながらの右に倣え型の採用活動をした組織が短期的に好業績をあげるかもしれない。それにしても長期的な持続性と危機対応という観点に於いてばらばらな個を受け入れない組織に持続的な成長を期待することは難しいだろう。 だから、リーダーシップが声高に求められる時代になったのだと思う。 だから、リーダーシップ教育には”多様性”(=Diversity)が不可欠になるのだと思う。 IMDの鍵はリーダーシップ教育だが、それを実現可能にしているのはひとえにDiversityだ。IMDに於けるDiversityは、数字上のまやかしではない。どこの国籍や人種、職業にもmajorityの偏りの無いpureなdiversityだ。日々ぶつかり合う”ばらばらな個”のばらばらの絶対値が大きければ大きいほど、ばらばらの向かう先が違えば違うほど、”ばらばらな個”を有機的な一体として組みなおす力は磨かれる。 自分と異なる個を自分が描く力に変えて行くことは至難(=不可能)であることは少なからず経験してきた30歳のビジネスプロフェッショナルが世界中から集まるわけだ。まさに人生をリーダーとして生きてきた人間ばかりのその中でリーダーの椅子をかけて更にぶつかりあうこともあれば、その集団に於いて必要とされる集団の構成員としてのリーダーシップを学ぶことも在る。90名の世界中から集う将来Leader達がリーダーシップとは何かを、まさにもがき苦しみながら模索する日々、ぶつかり合う場所、それがIMDだ。IMDのMBAが、他のMBAとプログラムの観点から何が違うかと聞かれれば、泥臭くリーダーシップとは何かを愚直に問い続けることこそが最大のリーダーシップ教育だと信じ、行動に移している点だと断言できる。泥臭い人間系の活動以外のなにものでも無い。 ひょっとすると、極めてirrationalな取り組みかもしれないし、そんなことだけに貴重な時間を費やすことの価値は見出せないという意見は大いに有り得る。だから、そのことに価値があると信じる人のみがIMD MBAを目指せば良い。 果たして、ビジネスの世界は勿論、あらゆる分野に於いてリーダーシップが求められる世の中で、11ヶ月をリーダーシップの模索だけに没頭することの自由を得ることは、市場ニーズを考えれば非常にリターンを見込みやすい自己投資ではないか、とも思える。
IMD MBAの最大の魅力の二つ目に揚げたのがクラスメート。MBAを目指す全ての人間が最も関心を寄せるであろうことの一つがクラスメートのクオリティだろう。Globalなネットワークを築くというのは間違いなくMBAの目的の一つ足りうる。
IMDの場合、平均年齢が30~31歳と北米の2年生MBAに対し比較的高い。既に7年前後の実務経験を有していることになる。日本人のMBAが比較的高齢(20代後半から30代に亘るという意味)であることを考えるとIMDは、年齢的なフィットは良い。年齢的に近しいということは、同程度の実務経験を有し、同程度の職責を担っていたことからくる同レベルの悩みの共有のみならず、人生のステージが近いことから来る様々な課題にも同じレベルで意見をシェアできる。結婚している学生は少なくないため、Work Life Balanceは、常に話題の中心にある。加えて、育児なんかについても話題は及ぶ。家族マネジメントは、ビジネスリーダー足る上で、避けることの出来ない大きな課題であり、その話題をMBA期間中のみならず生涯に亘り相談することが出来る友人を大切なTransitionのタイミングで得ることが出来ることは、将来の人生設計をMBA期間中に、と考えているビジネスパーソンにとっては貴重ではないだろうか。 90名のみの小規模学校が故に、それぞれのパートナーや家族をひっくるめて大家族となるのにそう時間はかからない。余りに父親の顔を見ない日が続くために、小さい子供達は、誰彼かまわずパパと呼び始めたりする。アサインメントの8割超がグループアサインメントであり、授業は全てCase Studyのためその準備もこの8人一組のグループで行うことが期待される。つまり、逃げられない環境を作り上げられる。そこへ追い討ちをかけるごとくSelf awarenssを諭す仕組みがそこかしこにあるため、グループの自分以外の7人には、常に自分がどんな人間かを監視されているようなものにもなる。特に当初3ヶ月は、その作業に膨大な時間を費やす。内外部の心理カウンセラーがこの1グループに一人つき、グループ内部の人間関係を徹底的に観察する。その手法は、Discussionの様子をVideoに収めて皆でレビューすることから始まり、共同での課外活動、全員同時で行うFeedback sessionに至る。心理カウンセラーの役割は、表面化しずらいGroup memberの些細な心の動きやGroup内部のDynamicsを表面化させ、各メンバーに自覚させることを諭すことに在る。そのため、不協和音の僅かな気配さえ見逃さずにこれを鋭く指摘する。そのストレートさは、穏便・事なかれの日本人には少々タフだが、学習効果は著しく大きい。 想像して欲しい、朝から晩までずぅーーーーっと同じメンバーで6畳ほどのStudy roomで議論しっぱなしの仲間である。IMDでは、多数決による意思決定は許されていないため議論をし尽くさなければならない。相手は皆、俺が一番でこれまでの人生をやってきた人間ばかりである。相手の意見に対して折れるなんてことは、なかなかない。これが、特に論理的な議論であれば兎に角、全く非論理的な事項まで自己開発を目的として課題が出されたりするので、単純に俺は青が好きだ、俺は黄色、私は赤、見たいな議論で爆発することも在る。仕切り屋が現れ、議論から逃げ出すものが現れ、怒鳴り始めるもの、小グループを作り始めるもの、様々なDynamicsが生まれる。その一つ一つをつぶさにカウンセラーが広い、原因を突き止めるべくFollow upの議論の場が設けられるのだ。カウンセラーが居なければ、当然、皆、何とはなしにうやむやにしながら時が過ぎるのを待つという選択肢もありうるのだが、これが許されない。IMDでは、この腐った魚をTableに乗せるという意味でFish On The Tableという。 各個人には、これに加えて通年の心理カウンセラーとのセッションを希望に応じて受けることが出来る。週末の比較的余裕のある時間帯に毎週カウンセラーの手伝いを経て、自己開発を更に進めていく。 これらの前提にAcademicな側面から、心理分析医の理論、学術論文などを貪り食うように読むことを求められ、この集団に於ける人間行動のダイナミクス、自己開発のプロセスを理論と実践の両面から掘り下げていくのがIMDの最大の特徴である。 翻って、このような作業をする上で、やはり90名1クラスというのが今のところFacultyのCapacityやプロの心理カウンセラー集団のavailabilityの観点からも限界であろう。そして、その単位だからこそ他へ逃げることなく真摯に見つめ続けることが出来るのであろうとも思う。 GroupでのFeedbackセッションで他7名の前で公然と短所を指摘されるのも、その前提には家族のメンバーとしての信頼が醸成されてこそ成り立つ。徒の批判的な指摘ではなく、真摯に各個人の飛躍、転身を助けたいとの願いがあってこそのFeedbackである。従い、相応の社会経験がものをいう場面も少なくない。 最後に、最も大切なことはDiversityだと思う。国籍だけを見れば90名のクラスで’07の場合41カ国から学生が来ていた。その9割の学生が母国以外に実際に住み仕事に従事した経験を持つ。すなわち、ほぼ全ての学生が実際にInternationalにexposeした経験を有している。 この有無は、極めて大きいというのが僕の意見だ。異文化に身を置き生活をして初めて、自らが来た地の理解が深まると考えるのがその大きな理由。逆に、他を理解せずには、自身が生まれ育った土地以外で生きていくことはまず困難である。が故に、他を理解するということを、心理的にも物理的にも理解している学生が多い。IMDに於けるLeadership教育を通じて学んだことの一つは、文化・宗教・人種・性別等々の違いは、実際には大した意味の無いこと、ということ。所詮は、個人のCharacterであり、そこに色々な理由を文化の違いやらなにやらで見出そうとする作業は言い訳発見の作業に限りなく近いという思想がある。その事実を身をもって体験するために必要なことがDiversityである。 多様性の中で、もっと言えば、全く違う意見を持った、しかもひと際、強烈な個が集団となっている組織に於いてその各個人の力を最大限に引き出し、課題解決に最も効率的に当たるために自分の個を如何に発揮すべきか、如何に発揮することが集団からは求められているか、これを理解することがIMDに於ける最大の学びである。 小規模且つ圧倒的なInternational Exposureの経験ある90名のクラスメートは、Leadership教育を小手先の理論的理解で終わらせること無く継続的に体験させるというチャレンジを志向するMBAである以上、必要不可欠なインフラであり、逆に言えばそのような環境を得られる贅沢は他には見つけづらいのではないかと思う。
IMD MBAの魅力の筆頭にその立地を挙げてみた。繰り返すが、勉強しに行くのにどんな土地であろうが関係ないだろ、という議論は大いに正しいかもしれない。ただ、MBAには、本当にただ単純に勉強をしに行くのだろうか?見聞を広げる、自分を見つめなおす、机に向かってケーススタディだけではない様々な時間、全てひっくるめてMBAと言うのが僕のスタンス。従い、その観点からLocationの重要性は揺るがしがたい。
実は、Frankfurtへ来て、クラスメートのChristophともそんな会話をしたところ。Frankfurt出身で、夏は南仏ニースの別荘に移住してしまうほど優雅な暮らしを送ってきた彼ですら、『Lausanne近辺に戻りたいなぁ、仕事があれば。実は、両親も移住を考えているぐらいだよ。』と言っていた。それほどに美しい土地にIMDは在る。 Lausanneは、750万人しか居ないスイスのその中でも5番目の都市。それでもフランス語圏では、Geneveに続く都市なのでスイス内比較に於いては大きな都市だが、日本人の多くの感覚から言えば、片田舎の小さな街だ。その中でもOuchyと呼ばれる湖沿いは、夜8時以降に人は歩いていない。唯一のBarであるWhite HorseはIMD学生で一杯。それだけだ。レマン湖の対岸にはミネラルウォーターで有名なEvianがある。湖のみならず対岸には大きな山脈が続き、その景色は筆舌に尽くしがたい。大体、Locationの良さを文章で説明するなんてこと自体、愚の骨頂という気もしている(残念ながら写真を入れたHard discが引越し荷物の中で眠っているので)。。夏季のみ運行の遊覧船に乗り込めば、その美しい湖のど真ん中へ出て行ける。Evianまでは約30分程度だったか。 従い、湖畔に面した地域は富裕層の引退後の住居となっている。Lausanneから東へ向かうVevey, Montreuxは、特に有名。チャップリンからフレディーマーキュリーに至るまで多くの著名人に愛されてきた。IMDから徒歩5分の距離にあり卒業式も行われるBeau Revageは、昭和天皇が滞在した程のホテルでもある。因みに、この辺りには今現在もF1ドライバーから映画スター、IKEAの創業者に至るまでありとあらゆる類の金持ちが居を構えている。 全く知られていないと思うが、この辺りはスイスワインの産地でもあり、湖に面した斜面はブドウ畑になっている。ブドウ畑に湖、悠然とした山々に囲まれたキャンパス、それがIMDの立地だ。 また、フランス語圏で、且つ、富裕層の悠々自適な土地とくれば、当然、食も豊か。ミシュランの3つ星を取るフレンチレストランが、隠れ家のように彼方此方にある。これまた、異次元の世界を楽しむことが出来るだろう。少なくても日本から旅行で訪れる日程では向かわないであろうところに、別世界の贅沢がある。 少し地域を広げれば、国際都市Geneveが電車で40分の距離。首都のBernを含めスイスの各主要都市も車で1,2時間。北部のドイツ語圏の町を訪れると、とても同じ国とは思えない程に町並みが異なる。スイス自体、多様性の国(連邦)なのだ(因みに、多様性こそがIMDのKey Wordだと僕は個人的に思っているのだが)。 更に視点を広げれば、Geneve空港からは、ヨーロッパの各都市へほんの1時間で飛べる。Easy JetやらのBadget airlineの登場のお陰で、週末以外の旅行も可能な学生は平日のとても安い数千円単位のチケットで旅行が出来る。IMDの学生は当然欧州各地から来ているので、どの土地へ行くにも地元密着の水先案内人が居る。僅か1年の留学生活、夏休みも3週間しかない割には、相当程度ヨーロッパとはどんなところか、ということを身をもって体験することが出来るだろう。島国、日本から出てきた我々にとってInternationalやGlobalizationの意味するところの違い、身近さを存分に味わうことが出来るだろう。 MBA生活は、1年なり2年なりを日常的なルーティンから抜け出すことが出来る極めて稀な時間だ。無論、その時間のほとんどを勉強に過ごすのだが、同時にそれをどのような土地で過ごすのかによってMBA生活が全く異なるものとなることは議論の余地がないだろう。加えて、土地次第では、学習効率にも差を生むと思う。特に、自らを振り返り、掘り下げるという作業には一般世界から遮断された空間に一定期間、身をおくことで集中を昇華させる必要がある。そんな時に、全くの無でありながら唯一訴えてくるものが自然の豊かさであり、それがあるのと無いのとでは圧倒的な違いが生じるのではないかと思う。圧倒的な自然は、同時に安らぎと集中力を高めることを手伝ってくれる。五感が研ぎ澄まされきっている留学期間だからこそ、その全てに訴えかける力のある土地に身を置くことは、その後の人生観という意味に於いて大いなる差を生むだろう。 やはり、物質的ではない土地の豊かさを”書く”ことが出来るほど文章力がないなぁ、と痛感しながらのエントリになってしまいました。残念だなぁ、あの美しさをお伝えできないのが、本当に。。。
大風呂敷を広げながら、全くアップできずにすみません。ばたばたしてるうちに、次の勤務地であるフランクフルトに昨晩、到着してしまいました。
途中、なつかしの香港を経由したっぷりと本場の中華を食べ貯めてきたので暫くは、ドイツ料理でも何とかしのげるはずです。 というわけで、全く申し訳ない限りですが、ちょっぴりばたばた中なので、またということで。。 ![]()
IMD MBAについて少しでも多くの生きた情報を発信することが出来ればと思い2006年末の留学直前に始めたブログもMBAを終了、2008年の2月を迎えようとしている。卒業してからと言うもの、IMD MBAとは何であったのか、ということを自分なりに色々と整理しようと何度と無く試みるも、11ヶ月に亘る濃密な時間を文字に纏めるのは相応な時間とエネルギーを必要とすることを実感している。ただ、Lazyになってきたという面も否定できないが。
僕が2007年を通じて経験したIMDにおけるMBAは、一言で言ってしまえばLeadership教育の場である、と言うことに尽きるのだが、これでは全く説明のようでいて余りに不親切なので、11ヶ月の生活を経て改めて何がIMDの最大の価値だったのかを、僕なりに纏めてみる。 1.Location : Lausanne, Ouchy MBAは、勉強をしに行くのであって、机と椅子と電灯さえあればどこでも同じ、と、僕も思ってた。しかし、振り返ってIMD MBAを様々な角度から考えてみるに付けLausanneのOuchyという土地にそのキャンパスがあることの意義の大きさに気付かされた。 MBAという非日常の時間をどのような環境に囲まれて過ごすかはその時間のrichnessを大いに左右する。如何に寝室とstudy roomの往復生活とはいえ、その往復の道のりで吸う空気、景色、街の人の人柄・雰囲気は人生の方向性を見極める時間への集中力を高める上では重要となろう。 更にLausanneは、Geneveから約40分。Geneveから欧州各都市へは、どこも1時間少々のフライトで辿り着ける。Budget Airlineを利用すれば数千円で週末を欧州主要都市の息遣いを感じることが出来る。欧州大陸を存分の味わうことも出来るだろう。 何も無い静かな小さな街に住みながら巨大な欧州大陸のどこへもアクセスが容易であるこの立地は、IMD MBAの最大の資産だろう。 2.Classmate : 出身40カ国を超える89名の経験豊富なClassmateが学び 学びは今日教授よりもクラスメートからの方が多かった。ビジネスパーソンとしての知識・経験は勿論、問題への取り組みの姿勢を共に取り組む課題やプロジェクトを通じて日々肌で感じることの価値は非常に大きい。その意味でもCase Methodを中心としたLearning方法は非常に重要となる。 更に異なる文化、宗教、民族、業界、等々を超えた普遍なるものがそこにあることを学ぶ。このDiversityは、Leadershipを鍛える意味に於いて不可欠な要素である上、その経験はInternationalなビジネスパーソンを目指す人間にとってこれ以上に自信を与える方法も無かろう。 また、平均31歳という同世代がビジネスを超えて抱える悩みが万国共通であることもReal Learningといえる。ビジネスの現場の裏側には常にPrivateな側面があり、これを如何にマネジしていくかという側面は、成功するビジネスパーソンとなる上で当然避けて通ることが出来ないだろう。 当然、少数が故に絆は強く、世代を超えた卒業生のネットワークも非常に強い。少数が故に先輩も非常に後輩を大切に扱うし、少数が故に非常に皆が近しい感情を抱きやすいのだろう。 3.Program : Leadership Focus IMDは11ヶ月のプログラムをLeadershipにFocusしている。そもそも11ヶ月としているところに始まり、90名しか取らないこと、40カ国を超えるdiversityを維持していること、Lausanneにキャンパスを構えること、プログラムのスケジュール、コンテクスト、その全てがLeadership教育のためにデザインされている。 全てのグループではグループ解散前にチームメートからのFeedbackが設けられ、これが成績に直結する。延べ8本ほどのLeadershipにかかるPaperを11ヶ月通じて書き続けさせられる。自分の生まれ育ち、祖先を辿り本当の自分のルーツを辿ることで何故自分が今ここに居るのか、そしてどこへ向かおうとしているのかを分析する。精神分析医がその分析を通年でHelpする仕組みがある。このような様々な気付きの機会を得て学んだ自分の強弱を織り交ぜたLeadershipを実験的に発揮する仕組みが継続的にある。Leadershipを11ヶ月通じて実験している巨大実験場のようなものだ。 昨今のニュース報道でも世界のLeaderたちが口々にLeadershipと言う言葉を口にするのを見て少し驚くほどだ。Davos会議を見ていてもLeadershipという単語は、恐らく、聞く側のこちらの意識的な問題もあろうが、兎に角、よく耳に入ってきた印象がある。それほどまでにGlobalの政治経済のリーダー達が求めているのがLeadershipなのである。IMDは、このLeadershipの教育に徹底的にFocusしており、これ以上FocusしたProgramは他に無いのではないだろうか。 これから3回に亘るエントリでは、以上の3点につき個別にもう少し掘り下げて整理してみたい。自身の備忘録的な意味も含め記しておきたいと考えている。
帰国して、1週間も経っていませんが色々な方と話をする、メールなどでご挨拶をさせて頂く度に、こんなことを言われます。世代のせいなのか、今と言う時代を反映しているのかはわかりません。
『資金のみならず人材の流出も著しい。早く日本へ戻ってきて日本のために働こう。』 『留学中の時間を使いながら、今、日本の国益のために自分に何が出来るかを考えています。』 驚く頻度で、日本の将来を憂う声を耳にします。昔は、酒の席で日本国家論なんてものを青々しく語らなかったような人までも、皆、一様に、『日本のために何が出来るか。』と。比較的、海外経験が豊富であればあるほどその思いを強くしているようにも思えます。 それほどまでに強い危機感を一線のビジネスパーソンに持たせる現実が日本に迫っているのでしょうか。それとも、ただただ、そういうお年頃なのでしょうか。 前者が正しいとすれば、それは国民共通の切実な目の間に迫り来る現実感なのでしょうか、それとも一部の人間だけが敏感にその真なる危機を感じ取っているのでしょうか。 少なくない次世代を担うリーダーに健全な危機意識がある”限り”は、国家も組織も危機を乗り越えることが出来ると思います。国家であれ企業であれ、組織に於いて、今、求められているのは、やはりリーダーではないかと、思います。
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